YouTuberという職業が生まれた年・2010年の出来事を振り返る

2005年に誕生したYouTubeは、

当初は「動画を共有するための場所」に過ぎませんでした。


しかし2010年前後、

YouTubeは明確に次の段階へと進みます。


それは

動画投稿が“趣味”から“仕事になり得る行為”へ変化した瞬間。


この年を境に、「YouTuber」という職業概念が、世界と日本で形を持ち始めました。


■ 2010年前後、YouTubeに起きていた変化

2005年〜2009年のYouTubeは、

バズるかどうかは偶然

一発ネタ中心

継続的活動は少数

という世界でした。


ところが2010年頃から、

定期投稿を行うチャンネルの増加

チャンネル登録者数が“価値”として意識され始める

視聴者との関係性を育てる発信

が目立ち始めます。


YouTubeは「動画置き場」から

“活動の場”へと進化していきました。


■ 収益化がYouTuber誕生を決定づけた

YouTuberが職業として成立し始めた最大の要因は、

広告収益モデルの浸透です。


動画が再生されることで収益が発生し、

再生数=収入

継続投稿=安定

人気=生活基盤

という構造が生まれました。


2010年は、

「動画を作ることが現実的にお金になる」

と多くの人が気づき始めた年でした。


■ 世界で注目され始めた有名YouTuberたち

この時期、海外ではすでに

YouTuberの原型となる存在が登場しています。


Smosh

コメディ動画で爆発的な人気を獲得し、

「YouTubeスター」という概念を世に示しました。


nigahiga(ライアン・ヒガ)

スケッチコメディで高い完成度を誇り、

“個人でも世界を取れる”ことを証明した存在です。


Ray William Johnson

動画リアクション形式を確立し、

YouTube独自の番組スタイルを生み出しました。


PewDiePie(2010年活動開始)

ゲーム実況という分野を切り開き、

後のYouTube文化に決定的な影響を与えます。


彼らはまだ「職業YouTuber」と呼ばれてはいませんでしたが、

すでに生活の中心をYouTubeに置く存在でした。


■ 日本で芽生え始めたYouTuber文化

日本では、

2010年前後はまだYouTubeが完全に市民権を得ておらず、

先行者はごく一部でした。


その中で象徴的だったのが、

HIKAKIN(ヒカキン)

ビートボックス動画で注目を集め、

後に日本YouTube界の象徴的存在となります。


MEGWIN

体を張った企画動画を継続的に投稿し、

「日本にもYouTuberが存在する」ことを示しました。


当時、

YouTubeで活動すること自体が珍しく、

彼らはまさに “道なき道を進んでいた存在” でした。


■ テレビとは違うスターの誕生条件

2010年頃のYouTubeでは、

高画質である必要はない

編集が完璧でなくてもいい

その代わり、

人柄

継続性

視聴者との距離の近さ

が評価されました。


ここで、

「上手い人」より「一緒に成長を見たい人」

が支持される文化が生まれます。


■ 2010年はまだ“理解されない職業”だった

この時点では、

YouTuber=遊んでいる人

将来性は不透明

職業と名乗るのは困難

という認識が一般的でした。


それでも確実に、

新しい働き方の芽 はこの年に生まれています。


■ 2010年が示した本当の意味

2010年は一言で言えば、

「YouTubeが“趣味の場所”から“人生を賭ける選択肢”になり始めた年」

でした。

ここからYouTubeは、

組織化

事務所の誕生

社会的影響力の拡大

へと進んでいきます。


■ 次の時代へ

次に訪れるのは、

YouTuberが“憧れの職業”として認識される時代。


日本での大ブレイク

メディア露出

子どもの将来の夢に入る

それが本格化するのは

2015年前後 です。


続編

👉 「2015年|YouTubeが“夢の職業”になった年」

とあわせて読むことで、

現在のYouTube社会がより立体的に見えてきます。

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